おでとクソゲー

初めてそのゲームに出会ったのは高校生くらいの時だったと思います。発売されたのはもっと前だと思いますが。
ある日友人から電話がかかってきて「ゲームの進め方がわからん、早く来て」と呼びつけられたのでした。
おでを、スーパーマリオではBダッシュすらおぼつかないがRPGヤリ込み度では他の追随を許さないRPGマニアと見込んでのSOSだったのでしょう。そのくらいRPGはある時は最速で、またある時は気長に黙々とプレイする派でした。
そのおでですらこのゲームにはブチ切れざるを得なかったというほどのシロモノです。
とにかく、友人宅に到着したおでは1本のファミコンカセットを手渡され、それと対峙する事になったのです。
記憶に曖昧な部分もあるかもしれませんが、それがどのらいクソだったのか、クソゲーだったのか、ここに書き記したいと思います。


これはいわゆるRPGで、いや、ドラクエやFFが既にシリーズ化され一つの系統として確立されていた当時としては『RPG風な何か』というべきシロモノだったのかもしれません。
RPGといえば、当時でも既にオープニングムービーが流れ、それによって我々はそのゲームの物語をなんとなく掴む事ができ、そしてオープニングイベントで自分の目的が明確になる、それがRPGのセオリーかと思われますが、このゲームはそのRPGのセオリーを全て無視していたように思います。


主人公はアーガスという青年で、当然名前を変更するなどという小洒落た事はできるハズもなく、プレイヤーは否応なしにアーガスにされてしまいます。まあ、そういうゲームは他にもありますしね、別に名前が変更できようができまいが、名前なんてどうでもいいんですが、問題はそういう次元のものではありません。
その男は、いきなりフィールドにいるのです。そう、たしかいきなりだったと思います。
自分にまとわりついている小さな妖精のような生き物を見るとファンタ爺臭がそこはかとなく漂ってはまいりますがソイツが何なのかまるでわかりませんし「ここはどこ?おでは誰?」状態です。とにかく何かを掴もうと、メニューを表示させ、そこに『アーガス』と書かれているのを見て「ああ、おでってアーガスだったんだ」とその時初めて知るのであります。


とにかく、自分が誰なのかはわかりました。しかし、アーガスが何故そこにいるのかは全くわからないままです。
「おでは何故ここにいるんだ。どこに行けばいいんだ。誰を倒せばいいんだ。」アーガスが何をしたいのか、おでにはさっぱりわかりません。
こんな時はRPGの基本『情報収集』です。とにかく町だ、町へ行くんだ!
Aボタンを押せば町人と会話ができる、その辺りにRPGの片鱗を感じられますが、人に向かってAボタンを押した時に表示されるコマンドの中に『はなす』はともかく何故『たおす』というコマンドがあるのか、アーガスとは何者なのか。


とにかく、何か情報を。その一心で『はなす』まくりました。ところが、この町のヤツらときたらロクな事をしゃべらないのであります。ほとんどが愚にもつかない世間話。
ごく稀になんか重要なキーワードっぽいモノを言うヤツがいるのですが、ここがどこなのかすらわかんないのに、『○○の西の洞窟』とか言われても、そこだけ赤い文字にされても、何のヒントにもならないですよアータ。まだ「ぶきやぼうぐはそうびしないといみがないぞ!」って言われる方がマシですよ!
とにかく、これではラチがあかないと、怖いながらも町の外に出てみることにしました。そうすれば何かがつかめるかもしれない。


フィールドはドラクエ風の2Dマップで、これを見ているとやっぱりRPGなのか、という気にもなってきます。
さて、RPGに於いて必ずしもそうではありませんが、平地以外の地形(山や森)に入ると、ちょっと強い敵が出てくるというのも一つのセオリーですね。まだ、この世界に、生まれたばかりのアーガスにそんなトコロを歩かせるのは、これは非常に危険な行為です。

とりあえず、町の周辺の平地をウロウロしてどんな敵が出るのか、自分の強さはどれくらいなのか、それを掴むのもRPGの基本ですね。で、平地をウロウロします。いよいよ初のエンカウントです。一体、どんな敵がアーガスに襲い掛かってくるのか!


と思いきや、商人です。ただの商人です。「なんだよ、敵じゃないのかよ。」自分の目的もわからないのに敵も味方もないような気もしますが、とにかく人間のカタチをしていないモノを求めようとする先入観。初めての獲物である商人は逃がして、またウロウロします。そして訪れた2回目のエンカウント、今度こそは、今度こそは!
どう見ても町娘です。『はなす』ってみましたが、町娘はやっぱりクソの役にも立たない情報を垂れ流しどこかに消えていきました。延々こんな調子で、彷徨えど一般人しか現れません。
これにはさすがのアーガスも少々苛立ってきました。ほんの些細な出来心でアーガスは森へと足を踏み入れたのであります。


そしていきなりのエンカウント!敵だ!これはどう見ても人間じゃない!やっぱりこの世界にもちゃんと敵がいるんじゃないか!
そんなアーガスの喜びは長くは続きませんでした。その敵の強さときたら、アーガスを1だとすると100くらいはいっちゃってますよ。どう考えても中盤以降の敵、序盤ならボス的クラスの敵です。
たしかに、山や森には強い敵が出るかもしれませんよ。しかしねぇ、一番最初の町のすぐ横の森でこれは、あんまりでしょ!瀕死の重傷を負いながらどうにか倒す事ができた、とか言うレベルじゃないですよ?
アーガスは死にました。自分の目的が何なのか、それを知る事すらなく死にました。




これは、少しこのゲームをナメてかかっていたかもしれません。この失敗を活かし、2度目のプレイに朝鮮です。



とにかく、弱っちいアーガスを容赦なく死に至らしめたあの敵を倒すにはレベルをあげる必要がある、そう感じました。しかし、先にも述べたように、平地には敵らしきものが現れないのであります。
まあ、いい。とりあえず武器と防具だ。装備を少しでも強化しよう、と自分の装備を確認すべくメニューを開いて、ある事に気付きました。


コイツ、金を持ってません。


オイコラ、どんな不親切なRPGでも、大抵500円くらいは持ってるぞコラ。薬草くらいは買えるぞコラ。と文句を言っても金が増えるワケではありません。
これは、八方塞です。金はない、金を儲けようにも敵が出ない、経験値も稼げない、薬草も買えない。なんなんだ、このRPGの目的はなんなんだ。またムカついてしまいました。
その時、途方に暮れるアーガスの心に悪魔が囁きかけたのです。


「商人とか倒したら、金落とすんじゃねーの?」


サイアクの選択ですが、こうなったらもうやむを得ません。アーガスは最初に出会った商人を恐る恐る倒しました。商人はあっけなく死にました。アーガス、初の勝利です。金を落としたかどうかは覚えてませんが、何かアイテムを落としました。
「アイテム!アイテム!」この世界に来て、初めて目にしたアイテムです。アーガスは飢えた乞食のように血走った目で辺りを窺いながら夢中でそれを拾いました。そして、アーガスの目はもう、次の標的を探しています。


ところが、敵じゃないからなのか何なのか、どうやら経験値というモノはもらえないようでした。よくわかりません、もしかしたら通常のRPGでいうレベルアップみたいな概念はないのかもしれません。1作目のFFとかがそんなシステムだったような気がします。
しかし、何らかの希望を胸に商人や町人の死体の山を築いていくアーガス。一体、アーガスは何のためにこの世界に生まれたのでしょうか、そんな事を繰り返すうちに罪悪感みたいなモノはまったくなくなっていました。でも、さすがに女子供を殺すのはちょっと・・・、それだけがアーガスを人間の世界に繋ぎとめているような気がします。
でも、殺します。特に商人に的をしぼって殺し続けるアーガスの前に、また商人が現れましたが、これは何か今までの商人とはちょっと種類が違う商人のようです。ほどよく肥えて、なんか悪そうな顔をしてます、きっと悪徳商人です。でも、悪徳だろうが善良だろうが、そんな事は今のアーガスにとってはどうでもいい事ですよ。とにかく目の前の商人は殺す。それが、今のアーガスの目的です。
「きえぇぇぇ!」いつものように商人に襲い掛かるアーガス、こいつは本当に主人公なのだろうか。ところが、この商人はアーガスの予想を裏切り強かったのです。倒しました、どうにか倒しましたが、アーガスは瀕死の重傷を負いました。
「もう、あの悪そうな商人は襲っちゃいけない、もっと、もっと弱そうな商人を!農夫を!」アーガスは自分より弱い者へと照準を絞っていきます。どんどんダメなヤツになっていきます、まるで、チンピラです。


だが、一向にレベルが上がるような気配はありません。ステータスを確認していたおではまた新しい発見をしました。アーガスのステータスにはカオス値のようなモノがあり、はじめは0ですが、悪い事をするとマイナスに、良い行いをするとプラスに数値が変動していくようです。つまりこの数値が多ければ多い程いい人(勇者)で、低いと悪い人(ゴロツキ)だって事ですね。なんかウィザードリーにこんなシステムがあったような気がします。
まあ、まだ良い事なんかひとつもしてないので本当にプラスになるのかどうかわかりませんが、今のアーガスは、どう考えてもこの数値が高いとは思えないですね。ご想像にもれず、とんでもなくマイナスです。


「俺だって、良い事をしたいっていう気持ちはあったさ!だけど、どうしろっていうんだ、俺じゃない、世の中がいけないんだ!」そんなぶつけどころのない気持ちが込みあがってきます。甘えてると思われるかもしれませんが、実際その通りなんだからどうしようもありません。
そうだ、普通の善良そうな人々を倒してマイナスさるのは仕方ないとしても、あの悪徳商人なら殺してもいいんじゃないだろうか、マイナスにならないんじゃないだろうか?悪そうだし。
アーガスは、再び瀕死の重傷を負う覚悟で、悪徳商人を求め彷徨いました。この世界に生まれてはじめて、己と戦おうとした瞬間です。そうだ、今からでも遅くない、そうやって改心していくんだ。
そして、その時はやってきました。悪徳商人との2度目の戦いです。今度は深手は負ったものの瀕死まではいかずに倒す事ができました。貴重な薬草を使って傷を癒します。なくなったらまた善良な商人を襲わなくてはなりません。で、気になるカオス値は・・・・
下がってます!さっきよりも下がってます!マイナスです!あんな悪そうな顔のヤツを倒してもマイナスになるのかよ!いや、顔が悪そうなだけで、実際にはいい人なのかもしれません。


「俺は何のために生まれてきたんだろう・・・・」ぼんやりとそんな事を思う、誰からも必要とされていない数奇な主人公アーガス。待てよ、少し着眼点を変えてみるとコイツはものすごく自由なんじゃないだろうか?
もしかしたら、レベルを上げる必要なんてないのかもしれない、どうせ山や森に入りさえしなきゃ敵は出ないんだ。もう誰も殺さなくていい、行けるトコロまで行こうじゃないか、自分の足で、世界を見ようじゃないか。


ポジティブなアーガスの誕生です。よし、出発だ!ここから、アーガスの第2の人生がスタートしました。


山や森を避け、ただ平らな道を行くアーガス。弱虫アーガス、それでもオマエは勇者なのか?
いや、冒頭でも述べたように、コイツが勇者だという説明などは一切なく、いきなりそこにいたのだから、これは勇者の物語だとは限らないのである。でも、こんなのよりはさっきまでのアンタッチャブルなアーガスの方がまだ刺激的だ。


冒険と世界を求め、ひたすら平地を歩いていたアーガスは、いきなり最初の壁にブチあたった。いや、壁はないのだがブチ当たった。それと言うのも、目の前には普通に陸地が続いているのに、普通に通れそうな地形なのに、何故か通れないのだ。そこから先に進めないのだ。まるで見えない壁でもあるかのように
「くそう、この向こうは第3世代かよぅ」どんなにもがいてもアーガスにその謎がわかるワケがない、何しろこの世界の事は、自分の名前とデブの商人は強いって事くらいしかわからないのだから。
何故、通れないのに陸地があるのかはわからなかったが、アーガスは諦めて逆の方向に歩いてみる事にした。
その途中、アーガスはそれまでに会った事のない生物に出会った!戦士だ、どう見ても戦士だ!アーガスは高揚した。
「もしかしたら、これは、仲間になってくれたりするんじゃないか?」夢にまで見たパーティプレイである。アーガスは震えながら戦士に話し掛けた。
ところが、この戦士も他のヤツらと一緒だった。屁の役にも立たない世間話をすると、普通に去って行った。もしかして、嫌われてるのか、アーガス。
「何故だ、俺のカオス値がマイナスだからなのか?ああ、商人なんか殺さなきゃよかったよ・・・」今更嘆いても遅い。アーガスの孤独な、ただ歩くだけの旅は続く。


どのくらい歩いただろう。川のようなものが見えてきた。そして、目を疑うような物体がアーガスの目に飛び込んできたのだ。


船だ!船だよ!


船・・・どのRPGでも船や飛行船、馬車などの乗り物は非常に魅力的なアイテムであり、それを手に入れるには様々な試練を乗り越えなければならないのがセオリーだ。セオリーだ。そう言っていないと、もう何がセオリーなのかわからなくなるくらいこのゲームはその全てを無視しているとしか言いようがない。
普通なら、この段階で船で好きなトコロになんて行けるワケがないんだ、どうせあの船だって見えてるだけで乗れやしないんだ。と思いつつも一応試してみるのが冒険者の心得だ。弱くても冒険者の心得だ。
なんと、乗れてしまった。普通に乗れてしまった!しかも、自分の好きなように動かせる。この船は一体誰のなんだ、船頭はいないのか、アーガスは船舶免許を持っているのか。もう、そんな事はどうでもいい。これで、世界がどんなカタチをしているのかわかるかもしれない!

アーガスは船を盗みました。ステータスでカオス値を確認しましたが、下がってはいませんでした。この世界で悪い事っていうのはどうやら人殺しだけのようです。


いざ、大海原へ!


川を進み始めるアーガス。行けども行けども川の周りは山や森ばかり。弱いアーガスが上陸する事は不可能な地形であります。このまま海へ出るのか、とかそういう事よりももっととんでもない事がアーガスを襲います。
もう、自分がどこにいるのか、わかりません。最初の町がどっちにあったのかも、どの辺なのかもわかりません。再びココハドコ?状態です。
そう言えば、前にブチ殺した商人が落としたアイテムの中に地図みたいなモノがありました。世界地図って書いてたと思います。世の中捨てたモンじゃないよ。
しかし、その世界地図はどう頑張っても使えないのでした。装備品でもなさそうです。もうアーガスには何が何だかわかりません。これが地図でなければ、何をするためのものなのか、何故地図という名前が付いているのか、交易品なのか、そんな交易をやってるトコがあるなら誰か教えてくれ、全ての常識が通用しない、ここはパラレルワールドか?
それよりも、今自分が世界のどこにいるのか、自分のいる位置がわからない事がこんなにも不安だとは、この時初めて知りました。
「あの町に帰りたいよぉ」

すまない、アーガス。リセットボタンを押すおでを許してほしい。もう耐えられない。こんなクソゲーは生まれて初めてだ。
あれから十余年、アーガスは今も船で大海原を彷徨っているに違いない。

ストーリー主体ではないRPGとして有名なのがウィザードリーですが、これはしっかりした世界観がある上での高い自由度が人気の秘密かと思われます。
たしかに、このゲームもある意味自由度は高いのかもしれないが、世界観がまるでわからない上に、何をしてもすぐに行き詰まってしまうのだ。
このゲームをクリアできなかった事は、RPGマニアのおでにとって、今でも非常に心残りであります。
でも、もしかしたら、今ならクリアできるかもしれない。そんな思いでこのゲームを探してきましたが、内容はあまりにも衝撃過ぎたのにそのタイトルすら覚えておりません。


とにかくおではそのソフトを探しています。知ってる人がいたら情報をください。
ちなみに、それは伝説のクソゲー『未来神話ジャーバス』ではないか、という説もありますが、そんなタイトルではなかったように思います。


【後日談】
調査の結果このゲームは『覇邪の封印』というタイトルであることが判明しました。さっそく覇邪の封印は入手しましたが、ファミコンがテレビに繋げられません(泣