汚いハムと小奇麗なハム

もうすっかり1DKの住まいに慣れた2匹のハム。以前に比べずっと快適そうだ。

それでもやっぱりたけしはハム田達が見ている時はあまり巣箱の中から出てこない。ハム田達の息吹が感じられなくなると我が物顔でダイニングとリビングをガサゴソと行き来しているが、運動しているというよりはただウロウロしているだけ、というカンジだ。
そしてハム田はもう一つ、たけしとあさこの決定的な違いに気付いた。
あさこは綺麗好きだが、たけしは汚くても全然平気だ。
これはオスとメスの差なのか、まずあさこは砂浴びが大好きで一日に何度も砂浴びバスに入り毛繕いも非常に念入りだがたけしは一日に一度くらいは砂浴びをしているとは思われるがほとんどカラスの行水状態でどちらかと言えば砂浴びバスの中でひまわりの殻を剥いている事のほうが多いし、毛繕いをしてるのかと思えばほとんどの場合食べた後に顔を洗っているだけだったり頬袋の位置直しみたいな事をやってるだけだったりする。なるほど注意深く見てみるとあさこはいつもふわふわだが、たけしは背中の毛艶がこころなしかしっとりとややウェッティなカンジがしないでもない。何日も髪の毛を洗ってない何かの教団の信者みたいだ。
そして巣箱の中の糞。たけしは巣箱の中にいる時間が圧倒的に長いので当然糞のほとんどを巣箱の中にしている。ハムスターはいついかなる時でもおかまいなしに糞をするので、無論あさこも巣箱の中に糞をするのだがあさこはたけしが巣箱を留守にしたのを見計らっては巣箱の中の糞を口で咥えて一つ一つ丁寧に巣箱の外に出している。どうやらあさこは寝床が汚い事に耐えられないようだ。
不思議な事に、巣箱からせっせと糞を出しているあさこは少し怒っているようにも見える。

あさこ『まったくあのゴクツブシ。家にいたらいたでゴロゴロ寝てばかりで掃除もできやしないわよ!ああもう!汚いったらありゃしない!フンッフンッ』


対するたけしは巣箱の底で糞がゴロゴロしてようが布団の綿に糞がチョコチップみたいに絡まっていようがそんな事は全くお構いなしで仰向けになって気持ち良さそうに眠っている。時折背中にうんこ付けてウロウロしている事さえある。見かねたハム田がパインチップをたけしに振り掛けて綺麗にしてやろうとするが、たけしはそんなハム田の気も知らず、あまつさえ自分の背中にうんこが付いているとも知らず、ただただハム田の行動に怯えてオタオタするのだ。

今時、人間の男子と女子だってこんな絵に描いたような清潔と不潔の方程式は成り立たない、昭和じゃあるまいし。
それにしてもたけし・・・風呂嫌いで部屋の掃除もしないなんて、引き篭もりの典型じゃないか。

嗚呼、たけし・・・母さん贅沢は言わない、多くは望まないからせめて、せめて清潔な引き篭もりでいておくれ・・・!

30過ぎの引き篭もり息子の社会復帰をとうとう断念した母親が最後に望みをかけるのはそんなトコロだろう。

それにしてもあさこの噛み癖も少々気になる。金網はとにかくカジるし、先日ハム田の指も若干負傷させられた。
基本的にハムスターは人間を攻撃しようとして噛む事はないと言う。何故なら彼らは自分達が人間に勝てない、ヘタに攻撃したら余計痛い目に遭う、という事を本能で悟っているからだ。
しかしそれでもハムスターが人間の指を噛む事は珍しくない。一番多いのが、噛む事で要求を伝える、『食べ物ちょうだい』『おろしてくれ』『はなしてくれ』などの意思表示のパターンだ。しかし、これはほとんどの場合甘噛みで本気で噛んでくる事はない。
ハムスターが指を本気で噛んでくる場合、その指をよほど美味しいエサだと思っているか、あるいは指の主に殺意を抱いているか、もしくは既に噛み癖がついてしまって『噛む事が楽しい』と思っているか、のどれかだ。ハムスターが指をカジってきた場合、慌てて払いのけたりしないで、どうして噛んでいるのかを見極めて対処する事が重要と言える。
ハム田が指を負傷した時は、丁度ひまわりの種をあげた直後だったのでハム田の指がひまわりの種を持っていると思って必死で噛んでしまったモノと思われる。あるいは動物性たんぱく質を欲しているのかもしれない。たぶん前者だとは思うが念のため2匹にチーズを与えた。あさこがハム田に殺意を抱いているなんて可能性は、考えたくない。

しかし、この金網の場合は、エサだと思っているとは考え難い。おそらくそこが出口だとわかっていて何とか開けてやろうと必死で噛んでいるのだとは思うが、これが噛み癖の第一歩にならないとは言い切れない。ハムスターは噛み癖さえつけなければ矢鱈滅多ら何でもカジったりはしないが、一度噛み癖がついてしまうと何でもかんでもカジりたがるらしい。
何でもかんでもカジるコは、お外には出してあげられません。

これは今のうちにカジる事をやめさせておいた方がよさそうだ。しかし、ハムスターに噛み癖をつけさせない為にはかじり木やゴムなどの『噛むためのおもちゃ』を故意に与えたりしなければ『噛んで遊ぶ』という事を覚えない、という指南はあるが既に噛んでいるモノをやめさせる手立てについては何も情報がないのである。

さあ、困った。

噛み癖、と言えば否が応にも思い出すのがフェレットを飼っていた時の事である。
フェレットはイタチに似た生き物で、とても好奇心が旺盛で遊ぶのが大好きな生き物である。
当時、まだ前の会社に勤めていたハム田は仕事が終わって家に帰るとまず最低でも小一時間はフェレットを部屋に放して遊ばせてやらねばならなかった。
この時間がハム田にとってはまさに地獄の一時間だったのだ。
フェレットの名はジュニ吉。以前は知り合いの家で飼われていたが事情があって飼えなくなったのでハム田家に貰われてきたのだ。以前の飼い主はジュニ吉にしつけというモノを全く施していなかったと見え、ジュニ吉は噛む事がいけない事だとは全く思っていなかった。
ケージから部屋に出るや否や大興奮して部屋中を走り回り、気が済むまで走り回るとハム田の足めがけて猛突進してきて足の指を重点的に噛むのだ。この動物は前歯が進化しているので、噛まれると結構痛い。しかし痛がると遊んでくれてると勘違いして更にエスカレートするからたまったモンじゃない。もちろん、噛まれるとイヤだ、噛むのはいけない事だ、とちゃんと教えてやれば噛むのをやめさせる事ができますが、生まれてから既にだいぶ経過しているにも関わらずその間全くしつけをされていないコにそれをイチから教えるのはなかなか根気がいります。フェレットが何かを噛むたび鼻の頭を軽く叩いて噛んではいけない、という事を教えるんですがね、何かを噛んだので鼻の頭を小突こうと手を持っていくとこれまた遊んでもらっていると勘違いしてビョンビョン飛び跳ねて『よーしじゃあ次はボクの番だぞ〜』とでも言わんばかりにハム田の足に躍りかかってくるのです。何故足なのかわかりませんが、足本体だけじゃなく靴下とかにも躍りかかっていくんですよね。もう狂気の沙汰です。
ジュニ吉を遊ばせている間ハム田はテーブルの上に避難するしかありません。
しかしそうしてハム田が相手にしてやらずにいると、ジュニ吉は部屋中のありとあらゆるモノを食いちぎらんばかりの勢いで噛みまくるのであります。本、マガジンラック、籐のカゴはおろか、壁のクロスまで。特に紙類を引き裂くのはたまらない誘惑なようで本・雑誌などは特にこっぴどくヤラれるのだ。そうしてマガジンラックなんかを噛んで引きずり倒しては自分めがけて襲い掛かってくるマガジンラックに「なんだこのやろう」と踊りかかり、ある時は驚きのあまりうんちをしてしまう。
何もしつけができてないのは噛む事だけじゃなくて、トイレのしつけすらしていなかったと見え、ジュニ吉はドコででもオシッコやうんちをした。小屋には一応トイレを設置してみたが、なんと彼はそこを寝床にしてしまったのだ。ハンモックで丸くなって眠るフェレットを夢見ていたハム田だが、現実のフェレットはトイレコーナーで丸くなって眠っているのだ。無論、遊ばせいる間に必ず2〜3箇所にうんちやオシッコをする。彼ら動物は人間のように排泄物を『汚い』とは思っていないので、平気で踏んづけるし、踏んづけた足で部屋中を走り回るから大変だ。しかしこれを始末しようとハム田がテーブルから足を下ろすや否や、ハム田の足めがけて突進してくるのだ。
最早苦痛としか言いようがないが、これもフェレットを飼う上でエサ・水やり糞の始末と同じように必要不可欠な事なので仕方ない。仕方ないし、気が済むまで遊ばさないと夜中に小屋の中で暴れて金網のケージからものすごい騒音が巻き起こるので大変なのだ。

ハムスターはフェレットよりは小さいが、やはり噛まれれば痛いし、もうあんな悪夢は正直御免被りたい。そうだよ、今、悪夢と一緒にすごい貴重なヒントを思い出したんじゃないか、ハム田!?

ハムスターとフェレットは全く違う生態の生き物だが、似ているトコロも多い。モノは試しだし、やってみる価値はあるかもしれない。
そう思ったハム田は金網を必死でカジるあさこの鼻の頭を軽くポンッと叩いてみた。叩くと言ってもほんとに軽くタッチするだけだ。

叩かれるとピタッと動きが止まる。怯えている様子は全然ないが、しばらくこちらの様子を窺っているようだ。そして少し場所を移動してまたカジる。また鼻の頭を軽く叩くと、止まってそれから少し移動してまたカジる、また叩く。という事を幾度か繰り返しているとあさこは金網を噛む事をやめ、回し車で遊びはじめた。これは、噛むのをヤメさせられるかもしれん!
ハム田偉い!ハム田偉い!

いやはや、それもこれもジュニ吉のおかげです。ハム田、これもケガの功名か。

ジュニ吉・・・元気でやってるんだろうか

その夜、リビングからただならぬ悲鳴が聞こえてきた。たぶん、あさこだ。
昨夜もそうだったが、ハム田達の息吹が感じられなくなると、たけしがあさこを追い掛け回して噛んでいるのだ。昨夜はジャレてるだけかも、と思ったがこれは、共食いじゃないだろうね、そんな事はあるまいね。だって、さっきあんなにチーズ食ったばっかじゃん、たけちゃん!

もしもこれが続くようなら早いトコ2匹を分離した方がよさそうだ。

ああ、朝起きてあさこが血まみれになってたらどうしよう。しかし、次の休みまで大掛かりな改修は無理だ。ああ